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株式会社メイクリーン 代表上江田のブログです。

メイクリーン社長の上江田です。 私は、仏壇仏具を始め、伝統工芸の保存や補修技術を研究しています。 私の目的は、わが社が開発する技術で、一つでも多くのものを次世代に引き継いでいくことです。
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不動明王像二童子像

1、 不動明王像
不動明王は、仏教の諸尊のなかでも 観音、地蔵とともに「お不動さん」の呼び名で親しまれるほど人気の高い存在である。
密教の根本尊である大日如来の化身として、その悪魔を降伏するための憤怒の恐ろしい姿は、
現世利益をもとめる人々の厚い信仰を集めています。

2、矜羯羅童子(こんがらどうじ)像と制吐迦童子(せいたかどうじ)像
不動三尊形式では向かって右側に矜羯羅童子、左側に制吐迦童子に配置され不動三尊形式が有名です。
矜羯羅童子とは「仏法に従順である」という意味で仏像は女性的なお姿が多い。
矜羯羅童子は合掌して親指と人差し指の間に独鈷杵を持つもの、蓮華を握るものとがあり、下ぶくれのお顔が親しみやすいです。
制吐迦童子は従者の意で「仏法に従順である」を意味する。心を怒らせた悪性の者と説かれます。
仏像は男性的なお姿が多く不動明王の諸悪を撃退する忿怒形の表情・重厚感のあるお姿で怖いお顔をしています。
一般的に右手に金剛棒を持ち、左手は金剛杵を持つもの、肩を怒らせて棍棒をとる大げさなポーズをしています。
きかん気の強い鬼のお顔をしています。

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【①作業前】
彩色下地が劣化、汚れも付着して、不鮮明な像になっています。


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【②作業後】
泡洗浄後、顔料で仕上げました。
矜羯羅童子と制吐迦童子が逆になっていたので、修正しました。

よく似ている不動尊像がありましたので、参考に提示します。
矜羯羅童子と制吐迦童子は作者の思いがあり、自ずと異なります。
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質 楠/樟(クス)
サイズ 高54×幅52×奥14cm(台を含む)
・不動明王:高48×幅23×奥14cm
・制多迦(せいたか):高20×幅14×奥8cm
・矜羯羅(こんがら):高21×幅9×奥9cm



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横須賀市 長安寺 江戸時代作


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高幡不動尊金剛寺   江戸時代作


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真言宗智山派 円泉寺・江戸時代          群馬県県立歴史博物館  江戸時代




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【 2020/11/13 (Fri) 】 未分類 | TB(0) | CM(0)

在家仏

寺院に安置された仏像とは違い、
戦国時代に忍ばれた兜仏  又 冑仏は、
合戦の邪魔にならないように小さい携帯用の仏像でした。

関ケ原合戦が終わり、平和な時代になると、幕府はすべての人々を寺請制度に組み入れました。
寺請制度とは、江戸時代にキリスト教を排除する目的で
「すべての人は寺院の檀家となり、寺院から寺請証文を受け取ること」を
強要されました。

戦の兜仏 又は冑仏は携帯用でしたが、
家族安全、病魔撃退、商売繫盛、交通安全らのいい夢ができますように、
それよりは大きい在家仏を村のお堂、玄関や床の間、居間に運気が好くなるように安置して毎日礼拝します。

江戸時代の仏像は仏教の興隆により、戦国時代よりかなり増加し、当社の調査では、
100年以上の古い仏像の70%は江戸時代に造られたと推定できます。

泡洗浄作業
昔の残っている金箔を傷めずに、黒い黒煙を除去して、出来だけ金箔を残して作業しました。
特に気を使ったのは、右胸の下方が少し金箔を剥がれていました。
新たに金箔を貼ると継ぎ接ぎになるので、それなりに傷を歴史として、
お客様に了解の上、在家仏の保存修復技術で、周りをきれいに仕上げました。


特殊な泡洗浄作業に成功しました。

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    作業前                     作業後


【 2020/09/13 (Sun) 】 未分類 | TB(0) | CM(0)

念持仏:役行者像三尊の泡洗浄

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    作業前:役行者像三尊            作業後

もともと厨子に安置されていた役行者像三尊は長年の汚れで長頭巾をかぶり、
右手には欠けた錫杖、左手に経巻を持ち、
素足に下駄をはき岩に腰かけた寂しいお姿でした。

メイクリーンは汚れを泡洗浄で除去し、制作された当時の色合いが甦ります。
上は作業前と作業後の写真です。


下の写真は大峯山の役行者三尊像と當麻寺奥院 役行者像三尊で、
それらを参考に祈りを感じた仏師が彫った役行者像三尊仏像です。
今後はその祈りが信仰ある信者に伝わると思います。
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    大峯山の役行者三尊像:1426年作            當麻寺奥院 役行者像三尊:平安時代?

役 小角は、飛鳥時代の呪術者で、役行者といった呼び名でも広く知られている。
日本独自の山岳信仰である修験道の開祖とされています。
実在の人物だが、伝えられる人物像は後世の伝説によるところが大きいです。
連れている前鬼と後鬼は弟子といわれています。
天河大弁財天社や大峯山龍泉寺など多くの修験道の霊場に、役行者を開祖にして、修行の地としたという伝承があります。
前鬼と後鬼の制作様子はそれぞれ作者の思いによって違いがあります。



【 2020/05/01 (Fri) 】 未分類 | TB(0) | CM(0)

仏像仏具の油煙

寺院の黒い汚れの原因はろうそく、灯明を使用した時の油煙がホコリを付着した時に発生します。
それも長時間、積もったままにしていると樹脂化して、黒く固化してきます。
家庭の仏壇の油煙も寺院と同様に汚れてきます。

1、ろうそく
最近のろうそくは洋ろうそくが多いですが、昔は和ろうそくがほとんどでした。
天然植物蝋を原料として伝来の製法で仕上げられた和蝋燭は油煙が少なく、本堂のご本尊や各仏具も汚れにくく、植物油煙のため汚れても早い時期なら、すぐに拭き取りやすいです。しかし、油煙を積みあげたままにしていると、上に他のホコリが混ざってきて、樹脂化されてきます。

2、灯明とは、神仏に供える火のことです。仏教では、闇を照らす智慧の光の意味があるため、供養の中でも大切なものです。
古くは油を使い、油皿を用いて火をともしましたが、近代では、ろうそくや電球を使用しています。
浄火なので、火を消すときは、直接息を吹きかけたりせず、手や扇を用いてあおいで消すようにします。
灯明は自らを燃やすことで周りを照らすことから、自分の身を削って他人のために施す菩薩行の象徴とも言われています。
釈迦は「自らを灯明とし、たよりとし、他人をたよりとせず、法を灯明とし、拠りどころとし、他のものを拠りどころとせず」と遺言したといいます。これは「自灯明・法灯明」という教えです。

3、保存修復作業
昔の残っている金箔を傷めずに、黒い黒煙を除去して、出来だけ金箔を残して作業しました。
特殊なメイクリーン保存修復作業に成功しました。

【 2020/01/10 (Fri) 】 未分類 | TB(0) | CM(0)

玄奘三蔵法師

行基を学ぶには、まず唐・日本の法相宗の流れを学ばなければなりません。
法相宗はインド哲学の思想を継承するもので、唐時代創始の大乗仏教宗派の一つです。
玄奘はインド哲学の唯識説を深く知るために629年インドに向かい、巡礼や仏教研究を行って、645年唐に唯識説、経典657部や仏像などを持って帰還しました。
649年、玄奘訳とされている『般若心経』は読誦用として最も広く普及されています。

インドへの旅を地誌『大唐西域記』として著し、これが後に伝奇小説『西遊記』の基ともなった。
日本仏教における法相宗は、玄奘に師事した道昭が法興寺で広め、南都六宗の一つとして8-9世紀に隆盛を極め、有名な寺としては、薬師寺・興福寺などがある。
玄奘は遣唐使に終えて大和朝廷に帰る弟子の道昭に『般若心経』の独唱と座禅を日々行いなさいと教えました。


玄奘三蔵玄奘三蔵院
玄奘三蔵の旅の姿       玄奘三蔵院伽藍(玄奘三蔵様のご遺骨)

私は若い頃から、玄奘が通ったシルクロードに憧れ、いつか中国に行きたいと思っていましたが、ちょうどその頃、北京で起こった天安門虐殺事件が発生し、延期になりました。
それを残念に思い、その後、奈良・薬師寺の平山郁夫作「大唐西域壁画」と 玄奘三蔵院伽藍に何度も訪問しております。
【 2019/11/24 (Sun) 】 未分類 | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

ueda1944

Author:ueda1944
上江田 政幸(うえだ まさゆき)
㈱メイクリーン代表取締役。
趣味は歴史や寺社参拝、読書。
化学の専門知識を生かし、仏像仏具の洗浄技術で特許を取得。
このブログでは、信仰への思いや技術について発信しています。