株式会社メイクリーン 代表上江田のブログです。

メイクリーン社長の上江田です。 私は、仏壇仏具を始め、伝統工芸の保存や補修技術を研究しています。 私の目的は、わが社が開発する技術で、一つでも多くのものを次世代に引き継いでいくことです。
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江戸時代の仏師

1、江戸時代に増える寺院

江戸時代初期、仏教は幕府の統制を受けると同時に
保護も受けることとなり、全国の寺院数は著しく増加し、
当然お寺の宮殿に安置される仏像も数多く制作されました。

こうした寺院の創建・再建には菩提寺になる寺は
江戸時代末期には、なんと50万寺もあり当時の
日本は今より遥かに人口が少ないので、お寺は多すぎます。

また、総本山、別院(別格本山)、末寺、門徒(信者)
といった寺院群の上下関係は厳しく、やがて有力寺院(総本山)
をピラミッド型の組織が出来上がり、数多くの末寺が発生しました。

江戸時代には
「真言・天台……公卿 禅宗……武家 浄土……百姓」
と言われていました。
明治維新になって、廃仏毀釈の影響で50万寺が
現在の7万寺に激減されました。


2、江戸時代の仏師

安土桃山時代には、奈良の仏師宗貞・宗印
また諸大寺の再興造仏に関わった七条仏師康正一門
の活躍が知られています。
七条仏師の一門は以後江戸幕府にも朝廷にも活躍しました。

江戸時代になって幕府の倹約令から
「仏像はすべて三尺以下に限るべし」との御触れから、
仏像の小品化・形式化が目立ちました。

しかも仏像を造るのは、江戸時代に急速に教団勢力を
拡大された多数の寺院に本尊を下付するシステムが
採用され、自由な制作は制限されています。

浄土真宗であれば、渡辺康雲(西本願寺)、宗重(東本願寺)
のお抱え仏師は本山御用仏師として本山組織の
一角に組み込み、本尊製作は均一化が進みました。

日蓮宗では多種多様な尊像が安置されるため、
林如水のように日蓮宗関係の造像を専門にする
お抱え仏師も現れました。

真言宗・浄土宗などの寺院も祖師信仰の高まりと共に、
仏像彫刻に加えて開祖・高僧などの肖像彫刻を製作しました。

当時、有名な仏師はいずれの数代が名を継いでいます。
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【 2017/08/08 (Tue) 】 未分類 | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

ueda1944

Author:ueda1944
上江田 政幸(うえだ まさゆき)
㈱メイクリーン代表取締役。
趣味は歴史や寺社参拝、読書。
化学の専門知識を生かし、仏像仏具の洗浄技術で特許を取得。
このブログでは、信仰への思いや技術について発信しています。